数年前までは自分の感動を言語化しようなどとは思いもよらないことだった。例えばAIR。あの名作を、プレイした当時にどう読んでいたか、と訊かれたとしても俺は殆ど答えられない。確かに思い出せるのは単にその美しさに圧倒されていたという一点だけであり、感動の理由を探ったり、解釈に頭を悩ませたりといった思考の過程はほぼ無かったといっていい。俺は今よりももっと物知らずだったし、そもそも考えたことを伝える相手もいなかったのだから自然なことではあるし、ある意味では純粋で理想的な鑑賞態度だとも言える。が、今の俺は言葉を覚えてしまったし、言葉を吐き出す場も持ってしまっている。
結局、この旅は言葉にしなければ終わったことにはならないのだ―というわけで、8月5日から10日にかけての秋田旅行のレポートを、書くのを途中で放棄したくなるほどの労力はかけずに書いておこうと思う。問題があるとしたら、秋田にあったのは感動と言うより絶望だったということだ。


列車の割引切符は二つのタイプに分けられる。パッシブかアグレッシブかである。パッシブな割引切符は、最初から明快な目的地へ至るのに如何に安くすませるか、を志向するのに対し、アグレッシブな割引切符はある値段以下で如何に遠くへ行けるか、を志向する…というのはめがっさ適当な分類だが、とにかく青春18きっぷはアグレッシブの極致である。11500円で五枚組み、一枚で一人、乗車当日のみ有効。JR全線乗り放題。さらに新幹線、特急、急行、寝台車は無効。このやたらアグレッシブな切符を使ってT先輩はやたらアグレッシブな企画を立てた。「現在進行中のpulltopキャラクター誕生日会(このへん参照)のゆのはの回は、作品の舞台であるゆのはな町のモデルと思われる秋田に行く。ケーキはウエディングケーキ。宿?わかばちゃんが泊めてくれるから大丈夫だよ!」ケーキとか宿とかに突っ込みどころはあるものの、青春18きっぷで秋田に行くということは、そう、鈍行で一日で行くということだ。



コース。


市ヶ谷−上野 4:45~5:58

水戸まで 常磐線[水戸]5:10~6:58

いわきまで 常磐線[いわき]7:02~8:35

原ノ町まで 常磐線[原ノ町]9:23~10:39

一ノ関まで 東北本線[一関]13:40~15:22

北上まで 東北本線[盛岡]15:27~16:06

横手まで 北上線[横手]16:22~17:43

秋田まで 奥羽本線[秋田]18:05~19:25

遊佐まで 羽越本線[酒田]20:26~21:59



8月5日の夜にT先輩家に集合。メンバーは主催者のT先輩、H先輩(幻界さんと言ったら分かる人もいるでしょうか)、魔王、俺の4人だ。4時起床に備えてさっさと寝なければならないのにうっかり皆でゼロ魔を観てしまう。これの面白いところ?OPとEDだよ!んで2時間だけ寝て6日の早朝に出発。4時45分に市ヶ谷を出て22時頃に遊佐に到着予定だそうだ。17時間強。起きたばかりなのだが、悪夢だ。一応予想できた事態ではあったので、本はぬかりなく持ってきてある。朝日の差し込む常磐線の車内で内田樹「他者と死者―ラカンによるレヴィナス」を読む。ええい眩しい。さっさと沈め。少なくともお前が空にある間は俺たちは目的地に着かないのだ。
一気に読むような本ではないし、時間は有り余っているので、寝られそうなタイミングが有ったら容赦なく寝ることにする。せっかくゼロ魔を見たりして眠気を溜めてきたのだ。実際俺以外の3人は全員寝てる。…気付いたらいわきに到着している。やたら店が閉まってると思ったら、そうかまだ8時かそこらだった。道理で。とりあえず旅の間に47個食う予定のアイスを積極的に消化していかなければならない(ダブルミーニング)。


強敵、輪切りパインに苦戦しつつ再び電車に乗り込む。常磐線はいわきを過ぎると急にワイルドになる。無人駅が登場し、駅間隔が長くなり、速度が増す。山の間を縫うように進む。文明の匂いがしない。食料を調達できそうな店は見渡す限りない。今日俺たちこんな所に野宿するのかよwwwと無意味にテンションを上げる4人。「わかばちゃんが泊めてくれるよ」と強硬に主張し続けるT先輩がなんだか頼もしい。だがそんなテンションの高さも長くは続かない。日が落ちてきた、と思ったら真っ暗闇になるまであっというま劇場である。森の輪郭が消えて闇と見分けがつかなくなるにつれてテンション、急降下。もはやマイナスに振り切れて逆にやけくそ気味だ。そういえばT先輩の口から「わかばちゃんが泊めてくれるよ」が出てこなくなった。


闇の秋田駅に到着。閑散とした駅ビルではあったが、なんとかビニールシート(別名:わかばちゃんの家)やゴミ袋など必要最低限の道具をゲットし、ラーメン屋に向かう。事前に買っておかなかったあたりがこの旅の無計画さを象徴していると言っていい。あの100円ショップがなかったらと思うとぞっとする。さてここで驚愕。店に入った時点で電車が出るまで20分程度しかない。遊佐に向かう電車はこれが最終。つまり乗り遅れたら野宿が一日増えることになる。それはなんとしても避けたい。速攻で注文し、全力でかきこむ。俺は普段は早食いなどしないのでむっちゃ辛かった。腹を壊したのが既に分かる。地方の電車はトイレが備わっているのが救いだ。一人だけ量の少ないざるラーメンを頼んだ魔王は明らかに勝ち組だった。裏切り者め。


ダッシュで駆け込んだガラガラの電車に一時間半ほど揺られ、今日の目的地・遊佐(当然無人駅)に到着。東京から秋田まで鈍行で来るなど未だかつてない経験だったのは確かなのだが、実質的には寝ていただけだ。ここからが本当の地獄だ…やっぱり真っ暗な駅前商店街がそう予感させていた。
つづく。