「負け組おんらいん」 @お子様

生きる意味を語れるほど信念や軸があるわけではなく、

けれど一度きりの人生を味わい尽くしたいという欲求だけがある。

結局旅に出るのだけれど、時間と金だけ浪費されて、何者かでありたい自分と、非生産的な行動がひたすら乖離する。

ああ、久しく出かけていないな。そういうときは、写真を整理することにしている。

自己満足に浸ったり、その時は気付けなかった写真の良さに気付いたり、愚かな自分を思い出したりできる。

 

 

そう、愚かな自分。

常に、人に迷惑をかけ続けて生きてきた。

趣味である旅のときくらい、誰にも迷惑をかけないよう気をつけていた。

でもそれも、つもりでしかなかった。

 

 

30歳を迎え、自分のまだしていないことを考えたとき

富士急ハイランドの4大コースター」に乗っていないことに気がついた。

ギネス記録まで取得しているジェットコースター。若者の遊びであるとわかっていながら、日本人でありながら乗っていないのはもったいないと感じてしまった。

一方で、入園料やファストパス等を調べて、お金がもったいないとも感じた。

 

 

そんな僕に朗報が来る。富士急ハイランドの入園料が無料となったのだ。

大体の人がフリーパスを買うのだろうが、アトラクション代だけ払って乗ることもできる。つまりこれは、僕の旅のスタイルに一致する。

例えば富士山近辺を夕方頃うろついている時、閉園間際を見計らって混雑状況を確認し、4大コースターに乗ることができるのだ。

 

 

機は早くも熟した。

予報通りの雨が、予報より早くあがった秋の祝日。

多数の来客を見越した富士急ハイランドは、通常よりも営業時間を長くしていた。

雨のおかげか客足は伸びず、4大コースターの待ち時間は15分以内。

これは即決。

これは武神の導き。

武田信玄にあやかり、ほうとうを頂いてから富士急ハイランドへと向かった。

 

 

秋雨よりも冷たい入場ゲートの係員の視線を耐え、僕は高飛車へと向かう。

入り口の券売機でアトラクション券を買い、中へ。

本来であれば人でごった返しているであろう誘導レーンに渋滞は無い。

コースター乗り場には、一組の若いカップルしかいなかった。つまり、待ち時間ゼロ。

僕は勝利を確信した。

 

 

係員の指示通り、メガネを外してロッカーに預ける。乗客は僕たち3人だけ。

カップル2人が先頭列で、僕は2列目かな?と予想していたが、係員は僕も先頭列へ案内した。

そうすると、彼女さんが先に乗るのかな?と予想していたが、彼氏さんが先に乗ってしまった。

さすがに誰かの恋人の真横に座るわけにはいかないだろうと、僕は1席空けて座席に乗り込んだ。

 

 

これでいい。そう思ったその時…

 

 

「あ!詰めてください!」

 

 

(・・・。)

 

 

(・・・。)

 

 

(・・・。)

 

 

(え!?詰めてください!?)

 

 

いやいやいや!「あ!詰めてください!」じゃないのよ係員さん!

彼氏彼女俺の並びじゃ明らかに駄目でしょうよ!彼氏彼女空席俺がベストでしょうよ!

っていうか!彼氏さんも気を使って彼女さんを先に乗せましょうよ!最悪でも彼女彼氏俺の順にしましょうよ!

彼女さんはしゃぎたくても隣に知らんおっさん乗ってたら「きゃー!!!」とかできないから!

「(ジェットコースター)怖かったね」って、2人の大切な思い出作れなくなっちゃうから!

 

 

・・・いや待て?俺が悪いわ!年甲斐もなく富士急ハイランドに来てる俺が一番悪いわ!!!

「(隣のおっさん)怖かったね」って、やかましいわ!!

 

 

誰も幸せにならないジェットコースターが、秋の夜長を翔けていった。

 

                               ~完~